仙台高等裁判所秋田支部 昭和37年(ネ)11号 判決 1963年1月28日
控訴人(附帯被控訴人) 谷川京子(仮名)
被控訴人(附帯控訴人) 加藤雄一(仮名)
主文
原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
附帯控訴人の附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事 実<省略>
理由
控訴人が昭和三二年五月頃NHK主催の素人のど自慢大会で民謠日本一に選ばれ、間もなくNHK放送局専属の民謠歌手になつたこと及びその頃から昭和三五年二月頃までの間被控訴人と控訴人との間に肉体関係のあつたことは当事者間に争がない。
ところで、被控訴人は右の関係は将来婚姻する約束の下に結ばれたいわゆる内縁の夫婦関係であつたと主張し、これに対して控訴人は真面目な婚姻の約束を伴わない単なる野合の友愛関係にすぎなかつたと主張するので先ずこの点について考察する。
成立に争のない甲第三乃至第五号証、同乙第一号証の一、二、同第五号証、原審証人加藤五郎、武藤勝一、谷川庄蔵原審及び当審証人加藤昌雄の各証言、原審及び当審における被控訴人及び控訴本人の各供述を綜合すれば、被控訴人は昭和三二年五月頃から控訴人と相愛の仲になり、前述のように肉体関係まで結んだ揚句、同年八月頃親が許して呉れれば正式に結婚しようとまでかたく約束を取り交わし、初めの間は屡々控訴人と共に秋田市内各所の旅館に宿泊して関係を続けていたが、その後控訴人が同市内の楢山大堰端や亀ノ丁新町に下宿したり、手形のアパートの一室を借り受けて暮しようになつてからは、肩書住所から足繁く控訴人の許に通つて行き或時は数日間も泊り込んで控訴人と起居を共にしたこともあり、その間被控訴人は約八回に亘り合計金五万円を控訴人に交付したが、その外にも控訴人に小遣銭を与えたり靴その他の身の廻り品を買つてやつたり、旅館の宿泊料等控訴人との前記の関係を維持するために必要な費用も殆ど被控訴人が負担していたこと、一方被控訴人は控訴人と結婚することについて自己の両親の同意は得ることができたけれども、控訴人の母及び兄に対しては昭和三二年一二月頃被控訴人の知人武藤勝一、翌三三年二月頃親族佐川太郎、同三四年一二月頃被控訴人の両親、同三五年一月頃知人加藤昌雄等を夫々介して熱心に同意を求めたにもかかわらず終始反対されてついに同意を得ることができなかつたので、控訴人は結局被控訴人との結婚を断念し、同二月被控訴人と会つてその意向を伝えたところ、被控訴人も巳むなくこれを了承し従前の関係を解消することになつた事実を是認するのに十分であつて、以上の認定を覆すのに足る何等の証拠も存在しない。
そうして、これ等の事実からも判るとおり、被控訴人と控訴人とは大体その住所と生計とを異別にしていたのであつて、両名間にはまだ社会通念上夫婦共同生活と認められるような共同生活の実質が完全にあつたとまでは云えないから、両者の関係をいわゆる内縁関係と見ることはできないと同時に、単なる野合の友愛関係にすぎなかつたと解することも当を得ず、前述のように将来結婚するというかたい意思で肉体関係まで重ねていたのであるから、むしろいわゆる婚約関係があつたものと判定するのが至当である。そうだとすると、本件当事者間に内縁関係の存在したことを前提としてこれが不当破棄による損害賠償請求権を控訴人に対して有する旨の被控訴人の主張は採用し難い。
そこで、次に婚約関係の不当破棄の事実の有無について考察するのに、被控訴人及び控訴人間の婚約関係の存在したことは前段認定のとおりであるけれども、他方この婚約たるや親の同意を得ることを条件として締結されたものであつて決して単純な婚約でなかつたこと及び被控訴人から控訴人の母及び兄に対して屡次に亘り熱心に同意を求めたにもかかわらず、ついにその同意を得ることができなかつたため、控訴人は被控訴人との結婚を断念し、被控訴人にその意向を伝えた結果、被控訴人もやむなくこれを了承するに至つたことも、これまた叙上説示したところであるから、か様な事実関係の下では被控訴人の主張するような控訴人による婚約関係の不当破棄の事実の存在することは、結局肯定し難い。
果してそうだとすると、被控訴人の本訴請求は爾余の争点についての検討を待つまでもなく全部理由がないからこれを棄却すべきであり、以上と異なる見解の下にこれを一部認容した原判決は失当として排斥を免れず、控訴人の本件控訴は相当であり、被控訴人の本件附帯控訴は失当であるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 林善助 裁判官 佐竹新也 裁判官 篠原幾馬)